「結成」のころのあれこれ

水戸ライオンズクラブ 柳沼 祥元

 2009年2月20日 当LC結成45周年記念例会開催につきましては石川会長始め執行部、全Lの格別のご協力により所期の目的を達し、お喜び申し上げます。数々のコンセプトにつきましては会長ご挨拶にて明記してありますので参考になりました。

温故知新

 さて、1964(昭和39)年は「東京オリンピック」開催の年。木村凡夫会長、坂本重雄幹事のもと、水戸自治会館に於いて66人のチャーターメンバーにて結成いたしました。私事ですが、35才の若輩にて末席を汚しておりました。

新いばらき掲載 平成3年6月25日付 当時は302‒E1に属しており迫水久常ガバナーでした。同Lは終戦時、今上陛下、鈴木貫太郎首相、阿南陸相、米内海相以下各閣僚出席の御前会議の折、司会を務められておられ、そのお方がガバナーにて感激したこと、またレクチャーでは「馬鹿なことはするな」とのコメントが今でも想起いたしております。

 その時の66人が現在は5人になり時代の流れをしみじみ感じております。例会場は自治会館で同館には町村会があり、チャーターメンバーの皆川 勇ライオンが勤務なされており陰陽にお世話様になりましたことなど、また数10人を当ライオンにスポンサーされて現在も元気でご指導頂き感謝いたしております。

 1965年1月、葵LCが結成されましたが、当Lより移籍された小林、伊藤、金沢、布施 各Lが本会に出席なされ、昔話しをいたしました。その後は千葉、栃木、群馬、新潟、本県にて302‒E7地区になりました。

 そして、1970(昭和45)年JALよど号事件の時坂本ガバナーを選出し、チャーターナイトが続出し5県を東奔西走したことなどが脳裏に残っております。


 333‒B地区になり中山ガバナー、最近では幡谷ガバナーが時代に即応した活躍に表敬いたしました。

 いま新人の方々が入会され活性化されましたので、若、後、相乗効果の上、多事多難、不透明の時代ですがそれぞれご健斗下さるようご祈念いたします。

投稿者:s_tayama 2009年05月07日 13:50
 

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